第1章:まず、“筋膜”とは何か

筋膜(きんまく)は、筋肉を包み込む薄い膜のことです。一枚のシートではなく、全身を立体的に包み込むネットのような構造をしています。

この筋膜は、筋肉同士をつなぎ、動きをスムーズにする潤滑の役割を担っています。しかし、姿勢の癖やケガ、疲労の蓄積などでねじれや癒着が起きると、動きが悪くなり、こりや痛み、違和感といった症状を引き起こすことがあります。

ただし注意したいのは、筋膜の状態は画像では見えにくく、科学的にまだ十分に解明されていない部分もあるという点。「筋膜リリース」という言葉は便利ですが、実際には多くの要素が関係しています。

第2章:巷で言われる“筋膜リリース”の正体

最近では、マッサージ、ストレッチ、フォームローラーなど、いろいろな方法が“筋膜リリース”と呼ばれています。ただ、すべてが同じことを指しているわけではありません。

大きく分けると、次の3つのパターンがあります。

  • ① セルフケアとしてのリリース:フォームローラーなどで体表をほぐす
  • ② 手技によるリリース:施術者が圧やストレッチで癒着を緩める
  • ③ ハイドロリリース:注射で筋膜間を分離する治療

つまり“筋膜リリース”という言葉は、方法も深さも目的も異なる多義的な言葉なのです。たとえばセルフケアでは浅い層の筋膜(表層筋膜)を刺激しますが、ハイドロリリースでは深い層の癒着(深筋膜)を直接確認しながら緩めていきます。

第3章:整形外科で行うハイドロリリースとは

整形外科で行われる“医療的筋膜リリース”の代表が、ハイドロリリース(Hydrorelease)です。

3-1 どうやって行うの?

超音波(エコー)を使って筋膜の層や癒着を確認しながら、そこに生理食塩水や局所麻酔薬を少量注入して、筋膜の間を滑らかにします。筋膜が引きつれていた部分を「剥がす」というより、滑りを取り戻して動きを回復させるイメージに近いです。

3-2 メリット

  • 深い層にもピンポイントで届く
  • エコーで安全を確認しながら施行できる
  • 痛みや可動域制限の原因部位を直接確認できる

施行時間は短く、外来で行えるのも大きな利点です。多くの方が「動かしやすくなった」と実感されます。

3-3 注意点

ただし、ハイドロリリースはどんな痛みにも効く万能治療ではありません。筋膜の癒着が主な原因でない場合は効果が限定的なこともあります。また、施行後はリハビリやストレッチで再癒着を防ぐことが大切です。ハイドロリリースは「終わり」ではなく、回復プロセスの“はじまり”と考えてください。

第4章:筋膜リリースを“正しく理解する”ために

筋膜リリースにはさまざまな立場の考え方があります。「すごく効く」と言う人もいれば、「エビデンスが足りない」と言う専門家もいます。整形外科の立場としては、こう言えます。

現時点では“完全な科学的証明”は少ない。けれど、臨床的に有効と感じるケースが確かにある。

そのため、筋膜リリースは「正解でも迷信でもない」──上手に使えば役立つ手段のひとつというのが、現場の実感です。

では、巷で行われているセルフケア的な筋膜リリースと、整形外科で行うハイドロリリースは、どのように違うのでしょうか?以下の表に整理してみました。

比較項目 巷での筋膜リリース(ストレッチ・ローラーなど) ハイドロリリース(整形外科で施行)
目的 表面の筋肉や筋膜の柔軟性を整える 筋膜の癒着を画像で確認し、深部から滑走性を回復させる
方法 自分や施術者が手・ローラーで圧をかける エコーで確認しながら注射で筋膜間に液体を注入
効果の範囲 浅い層(表層筋膜)が中心。即時的な軽さを感じることも 深い層(深筋膜)にも届く。可動域や痛みの改善が期待できる
持続性 一時的。こりやすい体質の場合は戻りやすい 適切なリハビリを組み合わせると長期的な改善も可能
安全性 個人差あり。力を入れすぎると炎症や打撲のリスクも 医師が行うため安全性が高い(超音波で血管・神経を避けて施術)
利用のしやすさ 手軽・自宅でも可能 医療機関での診察・予約が必要
おすすめの場面 軽い疲労、運動後のケア 長引く痛み、動かしにくさ、セルフケアで改善しない症状

表を見てわかるように、どちらにも良い点があります。セルフリリースは「日常ケア」に、ハイドロリリースは「治療」というアプローチ。つまり、どちらが“正しい”ではなく、目的が違うということです。体の痛みは、筋肉・関節・神経など複数の要因が重なって起こります。筋膜リリースはその中の一部分を整える手段として、うまく取り入れるのが現実的です。

第5章:まとめ|“リリース”は目的ではなく、手段のひとつ

筋膜リリースは、痛みを取ることを目的にするのではなく、動ける体を取り戻すための手段です。

ハイドロリリースは、「原因を正確に見極めて、必要な部位だけを安全に緩める」──その一点に価値があります。そして、その後に続くリハビリや運動療法で、再び動かせる体を取り戻す。それが、整形外科としての“本当の治療”です。

セルフケアで効果が出ない、あるいは痛みが続くときは、一度医師に相談してみてください。どこをどのようにリリースすれば症状が改善するのか一緒に検討してゆきましょう。


この記事の著者

廣野 大介

こうの整形外科・漢方クリニック 院長

廣野 大介(こうの だいすけ)プロフィール詳細はこちら

日本整形外科学会 整形外科専門医

日本東洋医学会 専攻医